週刊ネコ通信

日記とか備忘録とか。

青と黄色と辻井と武満

1.

1年前の話題なのだが、レコード芸術2022年8月号が面白かった。

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表紙を見てわかるように、ウクライナにゆかりのある作曲家特集であった。ちょうど2022年の今頃はそうした一種緊張した機運があった。2023年に入ると「なんかずっと戦争してるよね、大変そうだよねぇ」という良くない種類の慣れが蔓延してるが当時はもっと世の中としてウクライナに肩入れする雰囲気があった(気がする)。

 

政治的な話はさておき、レコード芸術なんて普段は買わないのだが、この号に関してはなかなかよかった。

ウクライナに関する作曲家は(勉強不足により)ほとんど知らないのだが、ニコライ・カプースチンだけは別である。一般的にはそれほど知られていないピアニスト/作曲家だと思うが、一部の音大生やピアノ愛好家には広く知られている人物で、ウクライナ出身・現代ロシアの代表的な作曲家である。

正直、彼の生い立ちなどはよく理解してなかったのだが、記事を読むと、ジャズクラブのような場所で研鑽を積んだ時期があったとのことで作風にも納得がいく。彼の作品は、しばしば「ジャズ」であると形容されることがあるがそれは全く誤った解釈であって、「ジャズ風」あるいは「ジャズの要素を取り入れた」作品だと表現するのが正しい。それはおそらく、現場でジャズを叩き込まれたカプースチン自身も認識していたはずであり、彼の作品はジャズを演奏する中で培われた経験をクラシック的に再構成したものなのだと思う。ジャズを「譜面化」できるほど甘くないことは、カプースチン自身が十二分に理解していたはずであるからだ。

一方で、彼自身による「etude Op.40」など演奏を聴くに、彼自身は極めてメカニカルに自作を演奏していたことがわかる。他のピアニストによる演奏を聴くと、多くの場合無意味に後期ロマン主義的な感傷が前面に出ていて辟易する。そうではなく、ジャストなタイム感の上でカプースチン作品は演奏されるべきだと思うのだが……(無意味なアコーギクとかは要らないのだ)

 

 

そんな中、辻井伸行が15歳当時に演奏したOp.40-2は実に素晴らしかった。曲本来の魅力を十分に引き出した上で辻井自身が得意とするロマンティシズムを過不足なく表現した名演であった。

 

そんなわけで、辻井伸行が2018年にライブ録音したCDも買ってみたのだが、こちらはカプースチン作品を原曲に沿って解釈したというよりは、辻井ワールド全開の派手やかな演奏となっており、好き嫌いはかなり分かれるような気がした。でもやはり40-2は比較的良いと思います(40-8は流石にテンポが速すぎ…)。このCDはカプースチンの新解釈を求めるというよりは、辻井の音楽世界を楽しむための録音だと思う。

 

カプースチンの新たな解釈という意味では、ピアノYouTuberとして著名なかてぃん氏の演奏はとても良かった(結構装飾音足してるけど)。本来、このぐらい肩の力を抜いて自由に演奏するべきなのではないかな…と聴衆としては思った次第です。

 

 

2.

レコード芸術2022年8月号の良かったもう1つの点は、武満徹の『波の盆』の新録情報が(広告としてではあるが)掲載されていた点である。発売を知らなかったために大変参考になった、こうした意識外の情報が入ってくる点は、紙の雑誌もまだまだ捨てたものではない。

ちなみに広告のリード文は「映像作品をこよなく愛した世界の武満徹の珠玉の映画・テレビ音楽集。武満-尾高-N響、最高の組み合わせが実現!」であった。「そこは札響じゃないのか…」と一瞬ツッコミを入れそうになった(武満徹は札響を「私の音楽と最も調和している」と評したと言われている)。

肝心の内容ですが、『波の盆』に関しては、オリジナルの演奏はやはり超えられていない、という感想が真っ先に来てしまいます。N響らしい上品で器用な演奏なのですが(極めて失礼な言い方となりますが)楽譜をそのまま演奏してるだけですよね、とでも言いたくなってしまうような、要は眠たい演奏になっています。録音スケジュールがタイトだったんでしょうか。あと、冒頭のシンセみたいな音色の楽器によるボイシングには特に違和感があったのですが皆様いかがでしょうか…?(原曲のイメージが頭に強く焼き付いているからだとは思うのですが)

また、『夢千代日記』のグロッケン? の音について、いつまでも金属音のへんな残響が消えず、違和感が凄かった。一方、『太平洋ひとりぼっち』『ホゼー・トレス』は結構広がりが感じられて好みの演奏でした。でもやはりパーカッションだけが浮いているように聞こえます(演奏のせいもあるし録音のせいでもある気がする)。

文句しか垂れておりませんが、しかし、『波の盆』の収録CDが軒並み廃盤となり、とんでもないプレミアが付いているなか、おそらく約20年ぶりに『波の盆』の新録を出していただいたこと自体に感謝しなくてはならない、とはもちろん思っています。これほどまでに美しい日本人作曲家の音楽はそうそうありませんから……

 

そんなこんなで岩城宏之×札幌交響楽団がやっぱり聞きたいナ、と思っていたところにこの初演曲集が2021年に発売されていたことを知り、購入。よいです。CD2枚目には武満による50分程の講演も収録されており、肉声も聞けます。