2017年から2018年にかけて、何かがツボに入ってしまい、SF系の漫画・小説をわりに多めに読んでいた。潤沢に時間が確保できるわけではなかったものの、個人的には常に読んだり、またネット等で類する作品を探しているようなここ一年だった。
「SFって何?」という定義問題が発生するわけだが、あまりそのあたりには触れず(そもそも自分がSFを嗜好しているのかすら定かではない)、自分が気に入った作品をまとめてみたい。要はサブカル寄りの読書録である。くわしい人には目新しさはないとおもう。
いろいろ集めているが、下記はいずれも「こういうSFっぽい漫画・小説が読みたい」という一つの判断基準の下に一貫してチョイスしているつもりである。もっと同系統の物語を読めたらなあとも思う。
もくじ
そもそもSFっぽい何かをもっと読みたいと思ったきっかけは、2017年の中頃だったかと思うが、大友克洋の『童夢』を恥ずかしながら初めて読んだことであった。
絵・設定・ストーリーともに凄まじい内容であり、今まで読まなかったのをちょっとだけ後悔するほど良かった。「漫画史に凛然と輝く・・」といった説明がされることが多いようだが、私のように完全後追いの初心者からは文脈上の評価は出来ず、純粋になんかおもしろいからおもしろい、という程度の感想しか書けないのだが、とにかくよかった。
その後大友克洋の『AKIRA』も読み、SFっぽい何か(かつ荒唐無稽な何か)がもしかしたら好きなのかもしれない、と思い立ち色々買い始めた。
同時期に並行して、武満徹にまつわる色々も読んだり聴いたりしていたので、わりと自然な流れで安部公房も読んだ。何冊か読んだが、たまたま一番始めに読んだ『箱男』が最も強烈な読後感を残した。
私の中では『童夢』も『箱男』も(あるいは『砂の女』『友達』『カンガルー・ノート』も)同じカテゴリーである。それが広義のSF性によるものなのか、シュールレアリスム/アヴァンギャルド感によるものなのか、変種のノスタルジーによるものなのか、判然としないがとにかく読んで得られる体験が近い、というのが個人的感覚である。(そして安部作品のタイトルはどれもかっこいい。)
あまり関係ないが、この時期「駿河屋で文庫本が超安く買える!」ということにようやっと気づき、調子に乗って随分発注した覚えがある。
こじらせたような流れで大変恐縮なのだが、つげ作品も短編をいくつか読んだ。
まさに"昭和"という描写が続くが、不思議とあまり距離感・違和感は覚えず、可視化されていないだけでむしろ自分のすぐ側に広がっている世界の話のような気がした。しかし最終的には、手が届きそうだけど自分とは断絶した世界線の話だと脳が認識したがる、という形で印象が決着する。
4. 水木しげる『ラバウル従軍後記 トペトロとの50年』
つげ義春と結構親交のあった水木しげるによる戦後ラバウルでの地元住民との交流の記録(ノンフィクション・エッセイ)。水木先生の文章は味があって本当に良い。前半は終戦直後の水木家・周辺の港町のようすを水彩で描き留めたスケッチ画が多数掲載されておりこちらも味わい深い。
トペトロ、というのは現地住民の名前で、なかなかに偉い人物であったようである。戦時中に水木先生がラバウル従軍し、その当時からバナナを分けてもらうなどの交流がトペトロたちとあり、しかし終戦を機に水木先生は日本に戻り(終戦時は現地復員も真剣に考えたそうだが)ラバウルを再び訪れたのは30年後…という話。
全体的に、文体から漂うなんともいえない懐かしさが心地よく、本当に良い話だなと思う。ノンフィクションなのだが、ラストが何とも衝撃的で「物語」となっている。
水木作品だからなのか、何の因果か、ラバウルにいる「日本の歌を何百曲も知っており何時間も日本語で歌い続けるおじさん」や「水木しげるよりも"妖怪感覚"を持ち合わせた人物」など実に不思議な人物が多数存在する。これはSFというよりも現実を超えた異空の話といえる。
水木しげるの凄惨な戦争体験は結構漫画になっているが、「その後」をこうした形でハートウォーミングにまとめた本はあまりないと思う。
「『取り返しのつかない事』を、取り返しに行きました。」との帯文のとおり、ノスタルジックな心象風景を独特の作画で短編漫画に落とし込んでいる。
作画は独特というか過激といっても良いと思うが、とにかく視点や構図が歪む、歪む。透視図法を意図的に破壊している。ほとんどシュールレアリスムでありキュビズムですらあると思う。この効果はもしかすると、登場人物がまだ幼いのでその未熟な視界・視点を表現しているのかもしれない(違うかもしれない)。
ノスタルジーというのは「取り返しのつかなさ」であると再認識出来たのはこの作品のおかげである。取り返しのつかなさ、だけであれば自分の小学生時代の事を思い返すとか、コップを床に叩きつけるとかすれば体験できるが、そうしたものを「取り返す」のである。つまり、フィクションであり、空想科学的なエッセンスが加わることでそれはSFとして消化される。
表題作の「二匹目の金魚」は教室のペット金魚をうっかり川に流してしまったので探しに行く話。荒唐無稽な夢の中のような超現実なのだが、作者の中では物理法則が成立しまっているのか、妙に説得力のある形でストーリーに肉付けがされており、飽きない。私がネコをよく食べているようなものである。
panpanya氏の他の単行本『足摺り水族館』『動物たち』『枕魚』『蟹に誘われて』のいずれも読んだが、世界観は一貫しており、もっと読みたい、と切実に思わせる内容である。本当にもっと読みたい……(足摺り水族館は商業流通してない? のでAmazonではよくわからんプレミアが付いてるが、Boothだと今の所正規価格で購入できる。)
ちなみに、作者の夢日記も独特で魅せられる要素が満載である。単行本にも箸休め的な感じで何回か載っているほか、本人のWebサイトにもブログ感覚で掲載されている。
http://www.panpanya.com/
同人誌で発表してきたSF短編集を一冊にまとめたもの。商業流通している。
設定等は本格的なSFだが、ストーリーで引っ張るSFというよりは空気感・世界観を味わうタイプの内容となっている。逆にいうと、ストーリーを凌駕するほどの異世界感が楽しめるということである。とにかくワクワクさせてくれる一冊だった。
7. 鶴田謙二『冒険エレキテ島』
学生時代に『おもいでエマノン』を読んで実によいなあと思っていたのでこちらも機会と思い読んでみた。すごくわくわくするのだが、刊行ペースが絶望的に遅く、2017年暮れに2巻が出たが、3巻が出るのは一体何年後になるのか…
2017年10月からアニメ化もされたWeb漫画作品。
文明が崩壊し、ほぼ2人になってしまったという設定だが、絶望感というのはあまり感じられず、終末的日常系としてほのぼの楽しめる。(とはいえ私はカメラの男がどうなったのか気になって未だに考え続けている。)
淡々と物語は進み、時に建物を破壊しながら(退路を絶ちながら)前に進む二人の姿はなんともいえない退廃感を感じさせる。「取り返しのつかない」ことを彼女らは進んで行っており、これが終末感を一際醸しているのだが、乾き過ぎたタイプの絶望なのでそうめんのようにスルスルと読める。これを「そうめんノスタルジー」と名付けたい。
有名なシーンだが、びうを飲んで踊る数カットの描写は本当に良い。
9. ケン・リュウ選『折りたたみ北京』
ケン・リュウが選出した現代中国SFアンソロジー。中国で活躍している作家の短編が13作品収録されている。漫画ではなく小説である。
最新のSF小説なんて読んだことはないのだが、タイトルと「現代中国SF」という全くの想像の出来なさに興味を惹かれて購入した。
内容は良い(一部の作品で翻訳が不自然なのは翻訳ものの宿命か)。中国では急速にIT化している(らしい)が、その危機感というか、自分たちが今後どうなるのかわからないという未来への展望の不安定さが作品中に滲み出ているような感じが随所にあり、リアリティがある。
特に気に入ったのは、馬伯傭の「沈黙都市」。極度に検閲が行われる社会を描いており、アイデアとしてはありふれたものであるが、モノクロームな描写表現が素晴らしく、行き着く果てが想像できないという点で佳作であると思う。その他の作品も耽美な描写が魅力的である。
百物語として、怪異にまつわる伝聞を漫画にした一冊。
百物語とは言っても、怖ろしさ・残虐さ・気持ち悪さというのはまるでなく、江戸時代に実際にあったんだろうなという日常的な怪異がそのままの空気感で漫画として表現されている。
一話一話に明快な起承転結はなく、教訓もなく、ただただ伝えられている怪異が記されている。だからこそリアルな不可解・異形の存在が浮かび上がってくるのかもしれない。
結構本としての分量は多いので、何日かに分けて大切に読んだ。百物語を実際に行っているような感覚にもなれるので区切って少しずつ読むのはおすすめである。
作者の杉浦日向子氏は結構ファンも多いらしく、私も今後何冊か読んでみようかと思っている。
11. 岩明均『七夕の国』
『寄生獣』の作者が『寄生獣』の連載が終わった翌年にスピリッツで連載を開始した作品。『寄生獣』を描き終えた直後に作品を作り出せるだけでも凄いと思うが、この『七夕の国』は『寄生獣』と同等か、まとまりの良さで言えばこれを上回るほどの傑作である。
田舎で行われている謎の風習が様々な怪異の引き金に…といった内容で、風呂敷の広げ方・仕舞い方が実に上手いので一気に読めてしまう。4巻完結なのでお財布にも優しい。最高におすすめできる作品。
12. 諸星大二郎『 雨の日はお化けがいるから』
コミックス初収録作品を中心とした短編集。
収録されている「闇綱祭り」と表題作の「雨の日はお化けがいるから」が出来としては抜きん出ている。(その他はちょっと微妙なものもあるが)この2作を読むために買っても良いと思う。諸星作品のモチーフの核は『七夕の国』と近いものがある。いずれも日常と隣合わせの怪異を描いた小品。
13. 市川春子『25時のバカンス 市川春子短編集Ⅱ』
2011年刊行で絶版なので適正価格での入手に苦労した。
『宝石の国』同様、紙に溶けゆくような独自の線に惹きつけられる。
表題作「25時のバカンス」は若干の少女漫画のようなコミカルさもあり、舞台が海辺ということもあり伊藤正臣『片隅乙女ワンスモア』を思い出しました。
よくわかりませんが、市川春子先生は"海"に何か特別なこだわりでもあるのでしょうか。波の描写や海水面の光の反射一つとっても、ある種の畏れがひしひしと感じられる気がします。
「パンドラにて」ではインターネットミームである「新しい星で 新しいダンスパーティをしましょう」が読めます。必読。
「月の葬式」も突拍子もないようなSFチックな展開ですが、それでも良いかな、という淡麗な読後感が残ります。
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上記はいずれも一つの価値観から選出したものであり、形態や発表年代はてんでバラバラでも、自分が今読みたい(あるいは読んで良かった)SFっぽい何かが表現されている作品である。今後もこういった作品を読みたいし、紹介されたいなあと思う。
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その他
SFとは関係ないけど、ことしよく巡回していたサイト群。
http://seepassyouagain.tumblr.com/
https://bastei.tumblr.com/
https://ayaka169.tumblr.com/