週刊ネコ通信

日記とか備忘録とか。

2021年4月

職場がコロナで完全に修羅場と化しており、精神的な息継ぎを確保するのに必死であった。

 

2021_04_03

「Filght Club」を観る。流し観だったので前半がよくわからなかったが、途中物語が流れに乗り出してからはすごく良かった。あらすじとしてまとめると無茶苦茶な映画だが、どこに着地するかわからない組み立てが◎。映画はここずっとAmazonプライムで観てるんですが結構いろいろあるな、という印象。

 

2021_04_21

東京物語」を観終える。お父さん、お母さんの扱いが冷ややかなのが何だか見てるだけでも気の毒で、何度か途中停止しながらも最後まで見た。

ストーリー自体よりも映像、構図の美しさが凄まじい。画面がいちいち計算されて撮影された写真みたいな感じ。小津作品は敷居が高くて全然観てないんですけどちゃんと観ようと思いました。

尾道いいですね、行ってみたい。いろんな作品で舞台になっているので、手塚作品でいうところの「スターシステム」のように、あの作品でもこの寺の灯籠が出てきたな、みたいな不思議な気付きがある。

”ひとりになると、急に日が長うなりますわい”というお父さんのセリフ、妙に心に残った。

 

2021_04_23

電気グルーヴNew Orderについて話してる動画を見る。

おれは超ミーハーなのでこの動画をみてNew Orderの持ってないCDを買いました。New Orderは、最初に聴いたのがブックオフで買った1stであり、帰りに車内で聴いていたのですが、その時は何か事前に想像していた音と違うものであったため長らくちゃんと聴いていませんでした。でもこうして面白さを楽しそうに語られるとちゃんと聴いてみたくなりますね。ちゃんと聴きます。他人の解釈に乗っかるのはなんか癪な気もするけどそれによって世界が広がるのも事実だな…とか思い直す。今の所ふつうにThe Perfect Kissが好きです。

 

そして副産物的に得たのがSwingout Sister! わたしはこの辺の音楽に本当に疎いので初めてちゃんと聴いたのですが実によいですね、良い時代の良い音楽、将来に対する近未来的な希望に満ちあふれている、そんな未来は遂に訪れなかったわけですが…

これもCDを買ってクルマで聴いていたら家族から反応をもらえたのでちょっとうれしかったです。

 

2021_04_25

くどうれいん「うたうおばけ」を読了。夕ご飯食べる前のちょっとした時間にちょこちょこ読み続けていた。どこを取ってもやさしい文章ですよね、精製されすぎていない青春そのものの文体があまりにも眩しい。

 

勢いでU-Nextを申し込む。観る時間が今の自分にあるのか不明だが申し込めば何本かは観るだろう、という目論見である。最近インプットするのですら非常に億劫になりつつあるので、ちょっとでもなにか吸収したいなと思う。

 

2021_04_28

七人の侍」を観終える。当時の戦国時代を覗き見ているような迫力が凄い。黒澤映画はほとんど見てなかった(なぜならアマプラになかったから)が、今後色々観てみたい。起承転結の承がとても長くて、転結が一瞬で終わった感じがした。

 

2021_04_29

勝手にしやがれ」を流し見する。どんどん犯罪を重ねていってどうせ死ぬんだろうな…と思いながら見ていたのでストーリー的な面白さはほとんどなく、心情描写をひたすら追って見ていた。フィッツジェラルドの小説みたいですね。

並行してiTunesのCDアートワークの整理をする。ここ1年ぐらいでインポートしたCDは全然アートワークを入れてないのですごく面倒くさい…と思いながら数百枚分のアートワークを追加した。

2021年3月

2021_03_09

映画『ゴンドラ』を観る。Amazon Primeのサジェストから入ったのだが、不意に映像に見惚れてしまい、平日なのに2時間通しで見てしまった。2017年にリバイバル上映されて結構話題になった映画のようですね。家に居場所がない少女と、下北半島出身の青年の物語。

とにかく映像がイイ、という感想が一番にくる。1987年公開のインディーズ作品のため、時代を感じる編集も時折あるがそれすら完全に味である。特に一点透視図法の構図が何やら大変素晴らしく、線路を歩くシーン、ガードレール沿いに歩くシーン、岩場を抜けて海に至るシーンの構図はそれだけで印象に残る。

モチーフで言うと、小鳥を中々埋めることができない、というのはそれ自体「子ども」だと思うのだが、わたしもそれに近い経験があるし、今でもその感覚が少し残っているので、心の弱い所を突かれたような気持ちになった。

公開時のコピーは「あなたには居場所がありますか?」だが、今となってはその問いかけ自体が陳腐化しているが、だからこそ、当時の日本の虚無感というか閉塞感というのか、どろどろした不安も希望も含めてフィルムに閉じ込められているような気がした。(描かれていた東京は、私の頭の中の80年代の東京のイメージと極めて近かった。描かれた東京に一種の普遍性があるのは、たぶん、監督がかなり三人称に近い視点で物語を構築していったからだろう。)

 

gondola-movie.com

キャスト紹介をみると、良を演じた界健太は、87年当時は安部公房の「棒になった男」のボクサー役の一人芝居の稽古に励んでいた、という最高のエピソードが載っており、大変に嬉しくなった。

そしてやはり、主演の上村佳子の達観した顔つきが、監督にわざわざインディーズで映画を撮らせてしまったほどの力を持っていたんだなと思ったわけ。

 

あと、、わたしも両親には今のうちから優しくしておこうと思いました……

 

 

2021_03_28

プロフェッショナル仕事の流儀 庵野秀明特集を見る。

 

庵野作品って実はほとんど見てないのだが、ああいう常軌を逸した本人にはずっと興味があって録画を見てみた。

ドキュメンタリー内容については見てのとおり。思ったのは、BGMがポストクラシカルっぽいところと、インサートで入ってくる映像が何かとてもおもしろく感じて、途中からずっとその2つに集中して番組を見ていた。

ポストクラシカルについては、ずっと昔から興味を惹かれているのだが、なんと言えばいいのか、ポストクラシカルというのはこちら側から呼んでもやってきてくれないもの(呼ぶと嘘臭くなってしまう)なのだということの再認識をしました。

インサート映像については、もちろん冒頭で庵野が「豪雨の一番激しい映像を撮れ」と言ったから意識してしまったのだが、最近わたしもカメラをいじりだしたので、そういう経路から構図とかに目が行ってしまった。

2021_02_20-21

2021_02_20

先週に引き続き散歩。かなり足を伸ばしてみました。

 

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水平取れたか? と思っても見返すと全然取れてない。

 

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葉が出ている。

 

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梅が咲き始めていました。電信柱と廃墟の間の、誰が管理しているのか分からない土地に生えている。

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少し不吉な感じ。

 

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この日、チキン南蛮を作ったらものすごく美味しくできた。

 

2021_02_21

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観葉植物を買いました。枯らさないようにします。

2021_02_02

昔から取り返しのつかないことが苦手で、新品の機材を開封して指紋を付けてしまうこととか、絶対に使わないもの(愛用していたが既に壊れて使えない椅子) を捨てることとか、そういうことと向き合うのがどうも億劫で先延ばしにしてしまう。単に面倒というだけではなく、不可逆的な行為に対する恐怖みたいなものがある。あとはRPGでラスボスだけ倒さないとか、そういうのである。

 

壊れてしまったベッドを部屋の隅に押しやっていたので、ずっと居住空間が狭くなってしまっていた。狭いのだが、捨てるのはベッドに大して何か申し訳がない気がしていてそのままになっていた。だって捨てたらもう会えなくなってしまうからね。

そうした状態が2年ほど続いたが、こういうのは非常に精神衛生的に良くないので一念発起して先々週の休みに粗大ごみとして山奥の処分場に捨ててきた。

処分場は市内にあるのだが一度も行ったことがなく、スマホで道を確認しながら、軽トラを借りて片道40分ほどかけて山の方に山の方にひたすら寄っていったところに建物が立っていた。長いこと愛用したベッドだったのでゴミとして捨てることに躊躇してしまったが、そのまま引き返すわけにもいかないので淡々と手続きをしてきた。係員のおじさんは役所の人のようだったが、信じられないくらい愛想が悪かった。住民票の窓口であの態度だったら即クビだろう。一応こんな世の中なので「不要不急の搬入はご遠慮ください」という張り紙がしてあったが、6〜7組くらいのクルマが列をなして手続きをしていた。基本的に大型粗大ごみの処分場のはずなのだが、前の家族はフライパンとかなどを捨てていた。よくわからない。

 

iTunesの再生履歴なんかもそうで、最後の再生が5〜6年前になっている曲を最後まで聞き終えて履歴が「今日」になってしまうと、当時の記憶が消え失せてしまったようでやるせない気持ちになってしまう。だから、iTunesで曲を聞くときは極力最後の2〜3秒をスキップするようにしている(とても面倒くさい)。

スキップするようにしているのだが、ふと思い出して青葉市子の『0』を聴き返していたら一瞬で1時間が過ぎてしまい、全ての履歴が今日になってしまった。当時、みんなで青葉市子のライブを観に行った時にアルバムをまとめて買ってまとめてインポートしていたので、その他のアルバムの再生履歴は2014年の初夏になっていた。わたしは極度の出不精のため人生の中で観た数少ないライブの一つがあの時の青葉市子だったのだが、すごくよかった、という概念だけが2014年に取り残されている。まあだからなんだというハナシなのだが、要は時間が経つのは早いねというハナシです。

青葉市子の旧作アナログがそろそろ発売されるのだが、金がなくて全部は買えないのでどれを買おうか非常に悩んでいる…

ところでビクターの担当者は、この「いきのこり●ぼくら」のMVを途中でぶった切ってYouTubeにアップロードすることに何らかの呵責を覚えなかったのだろうか。

2020_10_04

あらゆる現実から逃避するために午後いっぱいSeikin TVを観ていた。多分生まれて始めてSeikin TVの動画を再生した。

といっても一通り観たわけではなくてランボルギーニに乗る回を主に見た。わたしは別に特段車好きというわけではないのだが、見た目フツーのセイキンが少し慣れない手付きでランボルギーニに乗ってるというのは、なんというか大変に夢がある、希望が分かりやすく提示されている、という映り方をしていると思う。何故小学生がYouTuberに憧れるか分かる気もする。確かにそこには具現化された夢がある。

特に、わざとなのか素なのか分からなかったが、石跳ねを滅茶苦茶気にしながら貸し切ったスーパーの駐車場でヒカキンと一緒にランボルギーニを試走する絵はホントによいですよ。嫌味なく視聴者を観察者にさせてくれている。あとすき家のねぎたま牛丼を買いにランボルギーニで行く回もよいですね。

内心YouTuberのことすげー馬鹿にしてたんですけどね、よっぽどTVのバラエティ番組とか反吐が出そうな民放ドラマとかよりも健全で、これなら信じてもいいかな…と思わせるような夢があった。

2020年9月

9/1-9/2

深夜に坂本龍一『Thousand Knives』を聴く。イントロが長年理解できなかったが、すっと入ってきた。心に何もない状態の更地でないと理解ができないのかもしれない。

 

9/11

地獄の黙示録』を見終える。

小学生の頃、こち亀の爆竜大佐の元ネタだと知って観ようとしたら親に止められた思い出がある。教育には良くないが、キルゴア大佐のシーンは良かった。

I love the smell of napalm, in the morning.

後半に進むにつれて抽象的になり訳がわからなくなっていくが、不思議に纏め切れているので評価されているのだろう、と感じた。

コッポラといえば苺ましまろのようなイメージだったが、もちろん因果関係が逆であり…元ネタって大事だなあと何度目かわからん納得をする。

 

9/12

TVは朝のニュースぐらいしかみないのだが、ふと耳に入ってきた無印良品のCMのBGMが良かった。ローファイなピアノの3拍子の曲だった。CMの映像はパッと見、無印とどんな関係があるのかわからん内容だったが。。

…と思ったが調べたら作曲が坂本龍一だった。わお。氏が好きなサティを意識してるような(氏が解釈したサティのような)、BTTB時代の曲調に近いですね。こんなところにも90年代回帰、というこじつけ解釈もできるのかもと感じました。”ambiguous”という形容が最も相応しい、綺麗なのにどこか不安になる素敵な曲だと思います。

↓実店舗ではフルバージョンで流れているとのこと…無印実店舗とか1年以上訪れてないのだが、曲が流れているうちに行きたいね…

 

9/13

大島渚『飼育』を見終える。見てるこちらが発狂しそうな田舎の密度を感じた。

 

9/15

大島渚『儀式』を見終える。太平洋戦争が人々をおかしくしたのか、元々おかしかったのが太平洋戦争によって顕になったのかということを一番に考えた。

地面に耳を当て死者の音を聞くモチーフは実際的な意味を持たないだけに不気味。抽象的過ぎる。

映像としては、影となるべき部分がきちんと暗く映っているのが印象的。

 

9/20

時計じかけのオレンジ』を観る。感情が左右に揺さぶられるような気がして途中で何度か再生を止めてしまった。わたしは大分そういうのが苦手なのかもしれず、これまでだったら観るのをそのまま止めていたかもしれないが今回は最後まで見れた。スッキリ。

特に出所した後、復讐を受けるシーン群は見ていて何とも辛いものがあった。目には目を、って相当残虐な思想だなと思った。描写から反射的にソナタ形式の再現部を連想したけど、第九の2楽章はスケルツォでしたね…